ここ数年で人々が賢くなっているような気がする

恐らくインターネットが技術的ブレイクスルーになっている
猫も杓子もインターネッツ

多分、僕が少年の頃「賢くなる」というのは知識量が増えるという意味で使っていた気がする
インターネットが普及したせいで個体が抱える知識量がMAXまで行っている

だから人はそれぞれの価値観をもって固まることにして、不要な知識は排除するようになっている

最近、気になってるのが
AとBという価値観があって、Aという価値観を大事にするコミュニティがBという価値観を無視する、BもAを無視するという構図が出来上がるとAとBがネット内で抗争を起こす
これは恐らくネット普及以前にもあった仕組みでこれに相当するのが宗教論争だったり政治だったり科学論争だったり

価値観も対立的な関係が一番盛り上がるが、そういう単純な形は少なくABCD…だったり幾つかを抑えてる立場の人間(中間層)があったりと
アクティブな行動を起こさない監視者的な立場の人間もいる

そもそも、局所では相手にされなかった不安定な人間がネットで発信することで大きなシンパを持つという事象もある
もともと、集団の中で少数になった勢力は防衛本能から小さく固まって先鋭化する
ネットの存在はその組織化に物凄く寄与してる


僕がネットに触れたのは15−6年前だろうか、新技術にひどく興奮したのを覚えている
国の垣根が意味がなくなり、新たな政治形態が生まれるのだと思った


が、時代が進んでわかったのは

ネットで価値観が完全共有されるほど、人の価値観は単純ではなく
通信が光の早さを持ってしても情報を受ける人間の解釈、意見は様々で
あまりに膨大な量の知識量を全てカバーできる個体は無く
却って人の余りに無能で身勝手な価値観のみがのさばる結果になってしまった

ネットが示したのは、人は群れると腐る、というのを端的に表した
(僕が群れが嫌いなだけかもしれない)
凄まじい勢いでメディアを消費して今まではありえない速さで腐敗していく
腐敗→再生→進化→腐敗→…を繰り返しつつ更に肥大化をする

が、素晴らしいこともある
ここ数年で、自分は監視者的な立場だと思ってたが、自分が専門としている分野に、完全に組織化された知識で自分が名前すら聞いたことのないジャンルが成立して数年経っているということが数回あった
というか、ここ近年で増えている
もう、1ジャンルでも僕のような平凡な人間ではカバーしきれない

全体的に知識が底上げされてる、それが正しく使われているか、誤っているかは関係なく
ついてこれない人間などあっという間に取り残して、凄まじい勢いで世界全体があらゆる方向に進んでる

きっとこの大きな膨張は未曾有の災害を引き起こし
素晴らしい福音を与えてくれるのだろう

でも日本語はだめだよねwユーザー少ないし