僕が大学の頃に家庭を捨てて大阪に失踪した父が反原発運動をしているらしい

父は東京理科大の夜間をでて中学の教師になった
僕との歳の差は30歳であるから団塊の世代としては晩婚にあたるだろう、見合いだったそうだ
社交性は無くあまり友人がいるという話を聞いたことがない
埼玉のとある中学校で生徒指導などをしていた

アイスコーヒーとパチンコとハイライトの人だった、音楽は中島みゆきが好きだった
常に夜半までパチンコを打っていて、公務員なのに帰宅は毎日23時半
土日も家にはいなかった、毎日閉店まで打ってたらそれは負けるだろう、消費者金融で借金をしながらパチンコを打っていたのがあとになって発覚した
小柄ではあったが太めの体型で円形ハゲで毎日帽子を被っていた

家族と馴染めなかったのが原因か、職場に馴染めなかったのが原因か、おそらく両方だろう
ある日失踪した、あとになって聞くと何度かプチ失踪を繰り返していたらしい

父と話した会話で覚えているのは「自衛隊は法律的に正しいか?」「憲法9条で戦争は防げるか?」といった会話だ、小学校低学年の頃だ
僕「法律で禁じられているのであれば兵器は捨てるべき」
父「他の国が攻めてきたらどうするの?」
僕「責められて来ることがあるなら捨てることができないんじゃないの?法律が間違ってるの?」
父「憲法9条は世界に誇るべき日本の法律で…」
僕「じゃぁどうすればいいの?」
父「これはほんとうに難しい問題なんだよね」
どちらかと言うと左翼よりな思想だったように思える
もっとも会話量が圧倒的に少くなかった、僕はあまり父には懐かなかった

失踪して、僕ら家族が困って「お父さん戻ってきて(´;ω;`)」と泣きつくのを期待していたのだろうか
パチンコ中毒になって消費者金融からお金を借りていたのが恥ずかしくて逃げたのだろうか
失踪後1週間して謝罪の手紙が30枚綴りで送られてきたという、僕は読まなかった、父が嫌いだったから
多分、父は戻ってきたかったのだろうが母が戻らせなかった、僕も妹も望まなかった

その後大学を卒業して就職をした頃に大阪府から手紙が来て「お父さんが生活保護の申請をしてますがお子さんならお父さんを助けてあげてください」と言われた
「数年前に家族を捨てて逃げた父を支援することはできません」と返したので、生活保護を受けていたのだと思う
今は年金をもらって生活をしていると聞く、父は相変わらず母とは連絡を取っていて、母も満更ではないらしい
とかく男女の間の感情の機微は理解ができない

一度だけ、和解ができないかと思い大阪の父を訪ねたことがある
生活保護を受けつつも岸和田の寿司屋で働いていた
「先生」というアダ名で呼ばれていた、元教師だったからだろう
「寿司握らないの?」と聞いたら「握りたくもないね」と嘯いていたがどうだろうか、握らせてもらえなかったというのが本当のところだろう
あれは大将の愛人で、あれが大将の元愛人で、あいつは本当に苛つくやつで、とあいも変わらず一緒に働いてる人間の愚痴ばかりだった
僕が小さかった頃、父とはなんの話をしていいかわからなかったが、それは大人になっても変わらなかった


父の望んで恵まれない人生の無念さはなんとなく解かる

しかし、失踪し、家族を捨てて、国の保護を一方的に受けて、何年も税金を払っていなかった人間が、政治を語り、体制を語り、環境を語り、今また未来を語ることに到底、我慢がならない
望むにしろ、望まないにしろ、今の今まで安定した社会で充実したインフラの籠に揺られる生活をしてきて、今その代案も無しにただ無責任に反対だと喧伝するなどと愚劣、寂しさから同じような人間と絡むなど唾棄すべき行為だ

己の人生をコントロール出来ない父を心から軽蔑している